
(プロローグ)
その時、白の魔導士の視界の端を、懐かしい影がよぎった気がした。
「え?
今のは……魔騎士?!」
心臓が早鐘を打つ。今日という日に、この場所で、あの影を見るなんて。偶然のはずがない。
「やはり、このアデンにまだいたんだな……!」
白の魔導士は、逸る気持ちを抑えきれず、移動速度を上げるホーリーウォークの魔法を詠唱した。視界をよぎり、岩陰へと消えていった魔騎士の影を、彼は夢中で追いかけた。
(邂逅相遇)

2年前の夏。白の魔導士は一人、灼熱のドラゴンバレーで狩りをしていた。 容赦なく照りつける午後の日差しが、薄い魔導衣を通して肌を焦がす。風さえも息をひそめたような静寂の中、時折響き渡るのは、遠くで吠えるオーガの野太い声や、上空を旋回するハーピーの羽音だけだった。
「ふぅ……暑くてかなわないな」
額の汗を拭いながら、彼は独りごちた。
「とはいえ、ここでへこたれていたら、いつまでたっても一人前のウィザードにはなれない。もうひと頑張りするか」
唐突に地面から這い出してきたスパルトイに、ターンアンデッドの魔法を放つ。しかし、まだ未熟な彼の魔力では、一撃で葬り去ることはできない。2度目の詠唱で硬い骨の体が砕け散る音を聞きながら、彼はさらに奥へと足を進めた。
喉の渇きと暑さで意識が朦朧としていたのか、それとも単調な岩場の風景に感覚が麻痺していたのか。彼は普段は決して足を踏み入れないドラゴンバレーの深部、守護者ドレイクの領域に迷い込んでしまった。
「しまった……深入りしすぎた……!」
慌てて引き返そうとしたその時、背後から忍び寄っていたハーピーの影を踏んでしまった。
「餌だ!
餌だ!」
影を踏まれた3羽のハーピーが、歓喜の叫び声をあげて彼を取り囲む。
ここまでの狩りで、マナはすでに底をつきかけていた。ファイアーストームで焼き尽くすこともできず、非力なマナスタッフで殴りかかることもできない。
鋭い爪が体を切り裂き、生命力が削られていく。薄れゆく意識の中で、彼は最後の気力を振り絞ってホーリーウォークを唱え、ハーピーたちに背を向けて走り出した。

邪悪な気配。
前方から、空気を震わせるような重い羽ばたきが聞こえた。
身構える暇もなかった。巨大な翼が天空を覆い隠し、ドレイクがその姿を現したのだ。
皮肉にも、その巨大な翼によって容赦ない日差しが遮られ、一瞬だけ心地よい風を感じた。だが、次の瞬間、彼を襲ったのは、干上がった大地さえも焼き尽くすような、灼熱のブレスだった。
「終わった……」
ドジを踏んだ、と後悔してももう遅い。数ヶ月間の修行の成果も、この場で全て失われてしまうのか。恨むべきは、この夏の異常な暑さか、それとも自分の未熟さか……。
ドラゴンバレーに響き渡るドレイクの咆哮と、消えゆく魂のかすかな呻き。
そして、とどめの一撃となるブレスが放たれた。
閉じたまぶたの裏に広がる灼熱の赤。暗黒の世界へと引きずり込まれそうになったその瞬間、体の中に、冷たく澄んだ水の生命力が流れ込んできた。
「ん……?」
灼熱のブレスによるダメージと、癒やしの水の力が体内で拮抗する。白の魔導士は、その力に支えられて、なんとか意識を取り戻した。
「おい! 早く逃げろ! こっちは回復の専門職じゃないんだ!
マナが切れたら、お前の命もそれまでだぞ!」
「とりあえずエネルギーボルトでドレイクのタゲ、こっちにもらう!
ハーピーは任せた!」
朦朧とする意識の中で、白の魔導士の目に映ったのは、岩陰から飛び出してきた騎士とエルフの姿だった。
威力は弱いが、決して狙いを外さない騎士のエネルギーボルトがドレイクに突き刺さる。ドレイクは怒りの矛先を騎士に向けた。
一方、エルフは聖なる矢でハーピーを追い払い、再び空へと舞い上がったハーピーたちは、興味深げに戦況を見守っている。
騎士たちに襲いかかるドレイクの後姿を、白の魔導士は呆然と見送った。
ブレイブポーションを一気に飲み干し、加速した動きでドレイクに勇猛果敢に斬りかかる騎士。それを水の魔法で援護しつつ、的確に矢を射かけるエルフ。
コカトリスやスコーピオンの乱入にも動じず、ターゲットを引き受けながら、常に騎士の状況を確認するエルフ。
エルフの動きを常に視界に入れ、互いにカバーし合いながらドレイクに挑む騎士。
白の魔導士は、傷ついた体の痛みも忘れ、彼らのあまりにも美しい連携に見入っていた。
その時、ドラゴンバレー中に不気味な声が響き渡った。
「この渓谷に侵入してきた以上、生きて帰れると思うな!
わっはっはっは……」
「くっ、ブラックエルダーまで出やがったか……!」
ドレイクと交戦しながらも、騎士はブラックエルダーの姿を探す。
「まずい、ターゲットは俺か……!
エルフの戦力じゃ、ブラックエルダーとまともにやり合うのは無理だ……!」
エルフは、ブラックエルダーが召喚したスパルトイを牽制し、ブラックエルダーが放つトルネードを巧みにかわしながら、ドレイクとの戦いを続け騎士を援護する。
騎士は渾身の力を振り絞り、ブラックエルダーにエネルギーボルトを撃ち込んでエルフを守った。
ドレイクの火炎ブレスとブラックエルダーのトルネード。二つの強力な攻撃を一身に受けるには、騎士の体力とエルフの回復魔法だけでは限界があった。
戦況は徐々に悪化していく。
彼らの戦いを見守りながら、じっと自然のマナを吸収し、わずかずつ回復していた白の魔導士。次第にはっきりとしてくる意識の中で、彼は騎士の苦悩を痛いほどに感じ取っていた。
(ヒールをくれ……!)
騎士の心の叫びが聞こえた気がした。
わずかなマナをどう使うべきか。彼は瞬時に判断し、とっさにドレイクにスローの魔法をかけ、騎士にグレーターヒールを飛ばした。
白の魔導士は、残された気力を振り絞って叫んだ。
「エルフ!
戦闘が長引けば不利になる! マナはまだ完全じゃないが、騎士だけならなんとか支えられる!
魔力はすべて攻撃に回してくれ!」
彼の言葉に応えるように、エルフは瞬時に魔力を伴ったトリプルアローを放った。
パーティを組んでいなくても、白の魔導士は騎士の体力を的確に読み取り、回復魔法を飛ばすことができた。
長い戦いの末、ついにドレイクとブラックエルダーは倒れた。
夕陽に照らされたドラゴンバレーに、再び静寂が戻る。
「助かったよ、ありがとう……」
白の魔導士は二人に礼を言った。
「お前もさ、そこそこ魔力はありそうだけど、パーティも組まず、サモンモンスターもなしでドラゴンバレーの奥まで入ってくるなんて、さすがに無謀すぎるだろ。俺は『弓神』ってんだ。よろしくな」
エルフが呆れたように、しかし親しみを込めて言った。
「ブラックエルダーまで出てくるとはな。単体ならなんとかなるが、さすがにドレイクと同時となると、俺たちのパーティじゃまだきつい……。本職のヒールのおかげで助かったよ。こちらからも礼を言う。俺は『魔騎士』だ」
騎士も兜を脱ぎ、汗を拭いながら言った。
「私は白の魔導士。普段はこんな奥まで入ってこないんだが、今日は暑さとハーピーの幻惑にやられて、つい深入りしてしまったようだ。まだまだ修行が足りないな……」
白の魔導士は苦笑しながら答えた。
三人は、白の魔導士を安全な場所まで送り届けるため、一時的にパーティを組み、ドラゴンバレーの入り口まで戻った。
「じゃあ、ここで別れようか。俺も補給物資を仕入れにエルフの森に戻らなきゃならないし」
弓神が言った。
「そうだな。俺もブレイブポーションが切れた。ここで解散としよう」
魔騎士も同意した。
「今日は命を助けてもらった上に、素晴らしい連携を見せてもらった。私は基本、一人で狩りをすることが多いんだが、もし機会があれば、君たちのパーティに入れてもらって、もっと危険な狩場に挑戦してみたいと思ったよ。一人では決して味わえない、統制の取れたチーム戦の魅力に驚かされたんだ」
白の魔導士は、素直な感想を伝えた。
「ん?
まあ、どこかでまた会えたら、その時はパーティ組んでみてもいいかな」
弓神は少しそっけなく答えた。
「ああ、機会があれば、ということにしておこう。本職のヒールは、やはり頼もしいからな」
魔騎士も頷いた。
「おいおい、散々俺のネイチャーブレッシングの世話になっておいて、その言い草はないだろ?」
弓神が冗談めかして抗議する。
「確かにNBも強力だが、本職のウィザードの援護があれば、エルフの魔力を攻撃に回せるだろ?
そうすれば、より強いモンスターも倒せるはずだ」
魔騎士は真面目な顔で返した。
「いやいや、こんなひよっこウィザードじゃ、足手まといになるだけだろ!」
と弓神。
「まあまあ……私も無理にパーティに入れてくれとは言わないよ。このアデンのどこかで、また縁があればということで。では、ここで失礼するよ」
二人は、何かを警戒しているのか、他人をパーティに入れることに慎重な様子だった。白の魔導士は、テレポートの魔法でケントの村へと戻っていった。
巨大商業都市ギランの町外れ。アジト代わりに使っている廃屋に、補給を終えた弓神と魔騎士が入ってきた。
「ちょっとぉ、私のNBじゃ不満だって言うの?
ひどいじゃない!」
弓神が、先ほどの魔騎士の言葉を蒸し返した。
「ごめんごめん。でも、あの場面じゃ、本職のヒールがなかったら切り抜けられなかったのも事実でしょう?」
魔騎士は苦笑しながら謝った。
「それはそうだけどさぁ……あんな言い方しなくてもいいじゃない」
弓神はまだ少し膨れている。
「いや、そうなんだけどさ。弓神さんって、どちらかと言えば後衛や援護よりも、前に出て戦いたいタイプでしょ?
いつも我慢させてるんじゃないかって、気にしてたんだ。で、本職のウィザードさんがいれば、もっと自由に前に出て戦えるかなって思ってさ」
魔騎士の言葉に、弓神は少し表情を和らげた。
「うん……それは、私もいつも考えてることだけどさ」
二人は、ゲーム内では男性キャラクターを演じていたが、現実世界では女性だった。
このゲーム内で知り合い、リアルでの面識はないものの、以前、他のオンラインゲームで男性プレイヤーからしつこく言い寄られたり、トラブルに巻き込まれたりといった、似たような経験をしていたことが判明した。それ以来、二人はずっと男性キャラクターを演じながら、二人だけでパーティを組んで行動していたのだった。
「白の魔導士さん、礼儀正しそうだし、真面目にゲームに取り組んでるって感じだったよね。パーティ組んでもいいかなって、ちょっと思ったんだけど、どう?」
魔騎士が提案した。
「うん……そしたら、私も水属性から他の属性に変えて、チームバランス取らなきゃいけないけどね」
弓神もまんざらでもない様子だ。
「だけどさぁ、固定でパーティ組むとなると、日常会話とかでリアルの性別がバレちゃうかもしれないし……。私たちのことを男だと思って、いきなり下ネタとか振られても困るしなぁ。弓神も、そういうのは嫌でしょ?」
魔騎士が懸念を示した。
「下ネタぐらいなら多少は我慢できるけど、前みたいなトラブルはもう勘弁だなぁ。じゃあさ、少しの間、お試しでパーティ組んで狩りしてみて、彼が信頼できる人だって確認できたら、私たちの素性を明かしてみない?
個人的な感情とか、異性としての意識は抜きにして、純粋にパーティとしての可能性を追求するための仲間としてやっていけそうなら、ってのはどう?」
弓神が提案した。
「それなら、自然に振る舞えるかもしれないね。よし、そうしてみようか」
魔騎士も賛同した。
(戮力協心)

白の魔導士は、あのドラゴンバレーでの出来事以来、単独での戦闘の限界を感じると同時に、知略を尽くしたチーム戦の魅力に強く惹かれていた。 過去に経験した、顔の見えないオンラインゲーム特有の人間関係の煩わしさから、これまではソロでの狩りを続けてきた。しかし、純粋にゲームとして狩りを楽しんでいるあの二人となら、うまくやっていけるのではないか。そんな予感があった。
そんなある日、商業都市ギランの広場で、狩りから戻ったばかりと思われる二人の姿を見かけた。 声をかけようか迷った。あの日の別れ際、二人の会話から感じた「他人をパーティに入れたくない」という雰囲気が、彼の足を止めさせたのだ。 すると、向こうも白の魔導士に気づいたようで、こちらに近づいてきた。
(蕭牆之憂)

幾多の困難な狩場を助け合い、乗り越え、あるいは仲間を死なせてしまう経験を共有する中で、三人が互いに相手を思いやる気持ちも強くなっていった。その中には、相手を異性として意識することから芽生える感情も含まれてくるのは、自然の成り行きだったのかもしれない。
白の魔導士は、狩りを重ねるごとに、ふとした瞬間の行動や言葉の端々に、弓神よりもむしろ魔騎士の自分に寄せる思いを感じ取るようになっていた。そして彼自身も、魔騎士に惹かれていく自分を意識することが増えていた。 いつものように三人での狩りを終え、白の魔導士は単騎で狩りに出かけ、アジトには魔騎士と弓神の二人が残った。 以前はギランの廃屋をアジト代わりに使っていたが、今ではアデン首都の町外れに、小さいながらも念願のアジトを構えるまでになっていた。
「魔騎士さん、ちょっと話があるんだけど……」
弓神が改まって切り出した。
「え?
何?」
魔騎士は少し身構えた。
「私さぁ、白の魔導士さんともう少し、個人的なこととか話したいんだけどな。どう思う?」
「それって……最初に約束した禁止事項に関わるようなこと、って意味?」
「うん、はっきり言えば、そういう意味もあるかな」
魔騎士は内心戸惑っていた。弓神の気持ちは、それとなく気づいてはいた。しかし、自分自身も白の魔導士に惹かれているという事実が、彼女の心を複雑にしていた。
約束を破ってまで、その思いを白の魔導士に伝えるつもりはなかった。一方で、弓神の明るく奔放な性格を考えると、もし彼女が禁を破って白の魔導士と個人的な付き合いを始めたとしても、それを許してしまいそうな自分もいた。
しかし、まさか目の前で弓神からその相談を受けるとは、夢にも思っていなかった。
どう対応すべきか、魔騎士は答えに窮した。
「あ、困った顔してるぅ。確かに最初に約束したけどさ、そんなにこだわらなくてもいいんじゃないかって思うんだ。もし私が白の魔導士さんと付き合ったとしても、もちろんゲーム内での話だよ?
今まで通り三人でうまくやっていけると思うんだ。だからさ、私、今度白の魔導士さんに自分の気持ちを話してみるよ。断られても、今まで通りやっていく自信あるし。ね、いいでしょ?」
弓神は、魔騎士の胸の内など全く気づかない様子で、屈託なく話している。
「う~ん、そうだね……。結果がどうであれ、弓神さんが今まで通り、最悪の場合、白の魔導士さんがパーティを去ることになっても、昔のように二人でやっていけるっていうなら、反対はしないよ……」
魔騎士は、ついそう答えてしまった。
「ありがとう!
魔騎士さんなら分かってくれると思ったんだ。私、時間があまりないから……」
「え?」
「じゃ、今日は落ちるね。わかってくれてありがと!」
弓神はそう言うと、さっと姿を消してしまった。
「時間がない、か……。アデンから去ることでも考えてるのかな……。彼女のことだから、その前にリアルで彼氏でもゲットしようとでも企んでるのかもね……」
魔騎士は一人、アジトに残されて呟いた。
(禍従口生)
それから数日後。弓神はまだ自分の気持ちを白の魔導士に打ち明ける機会を持てずにいた。そして、ちょうど白の魔導士がドラゴンバレーで救われたあの日から、1年が経とうとしていた。
三人はいつものようにアジトに集まっていた。
「今日はさ、へなちょこウィザードさん救出からちょうど1年だし、たまにはのんびりドラゴンバレーでも散歩に行こうよ」
弓神が提案した。
「そうね。最近ハードな狩場ばかり行ってたし、昔を懐かしんでドラゴンバレーもいいかもね」
魔騎士も賛成した。
「よし、じゃあドラゴンバレーツアー開催だ!
1年前はドレイクには手も足も出なかったけど、今の俺なら単騎でも倒せそうな気がする。もしドレイクが出たら、二人は手出し無用!
俺が倒してやるぜ」
白の魔導士が威勢よく言った。
「そんなこと言って、ドレイクのブレス浴びた途端に『hhhhhh』とか情けない悲鳴あげるんじゃないの?
今日はヒール飛ばしてあげないからね!」
弓神がからかう。
「お前こそ、ブラックエルダーのトルネードに巻き込まれて悲鳴上げるんじゃないのか?
トルネードに弓を巻き上げられないように、しっかり握っとけよ!」
白の魔導士も負けじと言い返す。
「ほらほら、二人とも。私はブレイブポーションもあるし、あなたたちの狩りの準備ができたら出かけましょう」
魔騎士が仲裁に入った。
「じゃあ、私、矢を取ってくるから少し待ってて。『矢切れの私』なんちゃって!
揃ったら一緒に飛びましょう」
「了解。俺も準備はOKだ。待ってるから、さっさと準備して戻ってこいよ」
弓神は装備を整えるため、倉庫へと飛んでいった。
普段は明るく大きな声を張り上げる白の魔導士が、うつむき加減にぼそっと呟いた。
「魔騎士さん、ちょっと話があるんだけど……」
魔騎士は、つい最近、同じフレーズで始まった弓神との会話を思い出していた。そして同時に、次に白の魔導士の口から出てくるであろう言葉も、容易に想像できた。
「ちょっと待って……」
「いや、ちょうど出会って一年の今日言えなければ、一生言えないような気がして。聞いてくれ」
魔騎士は、前回弓神から白の魔導士への気持ちを聞いた時、自分の気持ちを抑えて弓神の申し出を受け入れた。魔騎士の白の魔導士への思いは真剣なものだったが、まだ胸に秘めたままだった。自分の思いを通すよりも、目の前の弓神との確実な友情を守ることを選んだのだ。
しかし今、直接白の魔導士の口から自分への思いを聞いた時、自分の気持ちを抑えることができるのか、魔騎士には自信がなかった。
白の魔導士から自分への思いを聞けるという期待と、聞いてしまったら弓神との友情が失われてしまうのではないかという恐れ。二つの感情の間で、魔騎士の心は激しく揺れ動いた。
「魔騎士さん、俺たちの最初の約束を破ることになるって、ずいぶん悩んだけど……俺の気持ちを聞いて欲しいんだ。もっと個人的なことも含めて、魔騎士さんのことが知りたいと思っているし、俺も自分のことを色々と魔騎士さんに知って欲しいと思ってる。そして……」
「それ以上言わないで!
待ってって言ってるのに……。私も思いは同じよ。白の魔導士さんのことは、誰よりも大切に思っている……。でも、弓神さんが……」
「ただいまっ!
準備OK!!
さあ、行こう行こう!」
突然アジトのドアが開き、弓神が元気よく入ってきた。
魔騎士は、今の会話が弓神の耳に入ってしまったのではないかと焦った。弓神の申し出を許しながら、陰では白の魔導士に自分の気持ちを打ち明けてしまった。そんな自分に激しい自己嫌悪を感じながら、せめて弓神の耳に今の会話が届いていないことを祈った。
「お……今日は準備がやけに早いな……。じゃあ、行こうか」
白の魔導士も平静を装い、三人に手早くアドバンスドスピリッツの魔法をかけ、生命力を高めた。
「よし、それじゃLet's
GoGo!!」
と言ういつも通りの屈託のない弓神の様子を見て、魔騎士は胸を撫で下ろした。
しかし、ドラゴンバレーに着いてみると、いつもの弓神とは明らかに様子が違っていた。
パーティを組んでいることすら無視するように、勝手に動き回り、自分の手に負えない数のモンスターに次々と攻撃を仕掛け、回復ポーションをがぶ飲みしながら、奥へ奥へと突き進んでいく。
魔騎士は悟った。さっきの会話は、弓神の耳にも入っていたのだと。
魔騎士は弓神に群がるモンスターたちを処理しながら、弓神を裏切ってしまったことへの後悔と、この事態をどう収束させるべきかに頭を悩ませていた。
その時、ドラゴンバレーの奥から、悪魔のような羽ばたきが聞こえた。しかも、手強い2体のドレイクだ。
「弓神! 雑魚の処理は任せた!」
叫ぶと、魔騎士は2体のドレイクに素早くエネルギーボルトを撃ち込み、向かっていった。
白の魔導士は、無謀にもモンスターの群れに突っ込み、ポーションを光らせながら格闘する弓神にイミュン・トゥ・ハームを送り、ヒールで援護しながら魔騎士を見やった。
普段なら、白の魔導士の視界から外れるような位置取りで戦闘することなど決してない魔騎士と弓神だったが、この時は弓神が位置取りを無視してモンスターを追いかけ回していた。
視界から外れてしまった弓神を気にしつつも、2体のドレイクにスローの魔法をかけ、魔騎士にイミュン・トゥ・ハームを送る。
「白の魔導士、私は大丈夫だ!
弓神を見てやってくれ!」
白の魔導士は、視界から消えていった弓神とモンスターの群れを追って、ドラゴンバレーを走った。
やっと弓神の姿を捉えたが、その時、信じられない光景が目に飛び込んできた。
スケルトンファイターやスコーピオン、コカトリスなど、多数のモンスターに囲まれながら、ドラゴンバレーの巨大な竜の化石を背にして、回復ポーションを飲むわけでもなく、動きを止めて棒立ちになっている弓神の姿だった。
今の弓神の装備とスキルなら、十分に殲滅可能なモンスターの数だった。
しかし、ただ立ち尽くす弓神にヒールを飛ばし、周囲のモンスターに渾身のファイアーストームを放った白の魔導士の目の前で、彼女はその生命力をすべて失い、地に横たわってしまった。
「弓神……お前……」
ドレイクを倒して駆け寄ってきた魔騎士も、横たわる弓神に気づき、愕然とした。
「白の魔導士!
どうして弓神を救ってやれなかったんだ?!
お前の力量なら十分に援護できたはずじゃないか!
こういう時のために、三人でスキルを上げてきたんじゃないのか?!」
魔騎士は、白の魔導士とのことで結果的に弓神を裏切ってしまった自分への怒りとともに、強い言葉をストレートに白の魔導士にぶつけてしまった。
「魔騎士さん……戦う意思のある奴なら、いくらでも援護できるさ。でも、弓神はここで戦う意思を捨てて、モンスターに囲まれて棒立ちしていたんだ。まるで、自殺しようとしてるように見えた。いくら俺にスキルがあっても、戦う意思、いや、生きる意思さえ捨てて死のうと思っている奴を救うことはできないよ……」
「え?
自殺? あの弓神が……?」
地面に横たわる亡骸にリザレクションの魔法を唱えても、自ら復活しようという意思を持たない弓神は、決して起き上がることはなかった。
そして、白の魔導士と魔騎士に見守られながら、弓神の亡骸は光となってアデンの世界から消えていった。
二人は無言のままアジトに引き返し、言葉を交わすことなく、その日は別れた。
(幽明異境)
翌日になっても、弓神はアデンに姿を現さなかった。
魔騎士は、心ならずも弓神を裏切るような形になってしまったことへの後悔と、消えることのない白の魔導士への想い、そして何の言葉も残さずにアデンから消えていった弓神への憤りとで、まともに狩りができる状態ではなかった。
白の魔導士もまた、自分のせいで魔騎士と弓神のパートナーシップにヒビが入ってしまったことへの責任感、弓神の自分への思いに誠意を持って対応することができず、意図したわけではないがひどい仕打ちをしてしまったこと、同時に魔騎士への思いに折り合いをつけられずに苦悩していた。
狩りにも出ず、アジトに引きこもっていた白の魔導士と魔騎士は、
「弓神さんは、その一本気な性格から短気を起こしてあんな行動をしてしまったけれど、そのうちケロッとアデンに戻ってくるだろうから、そうしたら3人で腹を割って話し合ってみよう」
と決めていた。
しかし、弓神はその後もアデンに戻ってくることはなく、姿を見せなくなってから1週間が過ぎた。
白の魔導士は魔騎士に呼び出され、アジトに向かった。
アジトに入ると、普段の騎士然とした凛々しい姿はなく、肩を落とし、悲痛な表情に顔を歪める魔騎士の姿があった。
「おい、どうした?
何かあったのか?」
白の魔導士が駆け寄るが、魔騎士は答えない。ただ、震える手で顔を覆い、溢れ出る涙を拭うことも忘れてアジトの床に崩れ落ちた。その背中が、見たこともないほど小さく震えている。
「魔騎士さんらしくないな。……狩場で何か、嫌なことでもあったのか?」
努めて明るく問いかける白の魔導士の声が、静まり返ったアジトに空虚に響く。
「……消えちゃった」
地を這うような掠れた声だった。
「弓神さんが……もう、どこにもいないの。アデンにも、どこにも……。ログインしてこないんじゃない。もう、二度と……」
「……え?」
「リアルで……、死んじゃったんだって」
白の魔導士の思考が停止する。目の前の魔騎士は、もはや騎士の顔をしていなかった。
「嘘だろ……。だって、あんなに元気で、ドラゴンバレーを……」
「私のせいよ……!」
魔騎士が叫ぶように言葉を絞り出した。
「あの日、アジトであなたと……。弓神さん、全部聞いてたのよ。私が裏切ったことも、あなたの気持ちが私にあることも。あの子の、あなたへの真っ直ぐな想いを、私が……私たちが踏みにじったの!」
魔騎士は床を拳で叩き、自分を呪うように声を上げて泣き続けた。
「弓神さん、どんな気持ちで最後、ドラゴンバレーを走ってたの?
どんなに悲しい思いをして、一人で死んでいったの?
……謝れないじゃない!
『ごめん』って、一言も……。あの子の心を殺したまま、一生会えなくなるなんて……!
私、どうしたらいいの。ねぇ、私、これからどんな顔をしてあなたと笑えばいいの……!」
白の魔導士は、かけるべき言葉を見つけられなかった。慰めも、励ましも、今の彼女には届かない。魔騎士が背負ってしまった「親友への裏切り」という十字架の重さに、彼はただ、彫像のように立ち尽くすことしかできなかった。
少し落ち着きを取り戻した魔騎士の口から、たどたどしく経緯が語られた。
もともとリアルのことはお互いあまり詮索しあわない約束だったが、携帯のメールアドレスは交換していた。
今回のことがあり、弓神がアデンに姿を見せなくなって4日目に、
「弓神さん、この前は裏切るような事をしてごめんなさい。パーティを解散するって言われても私には文句言えないと思ってる。でも、もう一度話し合いたい、話をさせてください」
とメールを送っていた。
すぐに返信はなく、やっと昨日、そのメールに返信があったのだ。
「突然のメールで失礼いたします。由美香の母親です。由美香は、昨日病気のため永眠致しました。
高校生の頃から病気療養を続けていたため、携帯やインターネット上だけのお知り合いの方も多くいらっしゃり、どのようなお知り合いなのかわからないまま、最近メールを頂いた方にお知らせをしています。
もし不要なメールでしたらお手数ですがこのまま破棄して頂きますようお願い申し上げます。
ご返信いただきましたら、告別式の日取りなど、改めましてご連絡いたします。
由美香の生前の皆様のご厚情に心より感謝申し上げます。」
魔騎士は、信じられない思いでこのメールを読んだ。
病気? 療養? ……アデンの地でトップクラスのエルフとして、あんなに明るく飛び回っていた弓神さんが?
信じられない気持ちと同時に、急に狩りをやめると言い出したり、狩場で動きが止まったり、あのような行動も実は病気で無理をしていたのかと思い当たり、それを身勝手な行動と決めつけてしまっていたことに胸を痛めた。
魔騎士は、何かの間違いであることを祈りながら、弓神(由美香)の母親に連絡を取ってみたのだった。
由美香は不治の病に冒され、治療の当てもなく自宅療養をしており、次の発作が来たら命の保証はできないと医者に宣告されていたこと。気分のいい時はネットを楽しんでいたこと。最後の発作が起きたのは1週間前で、その時もネットゲームの最中だったこと。
そして、病院に運ばれ一時は意識も回復したが、治療の甲斐なく永眠したことを聞いたという。
「弓神さん、病気だなんて一言も言ってなかった。わがままで身勝手な人だって勝手に決めつけたりして、私、なんてひどいことしてきたんだろう……」
「そんなに自分を責めるなよ。弓神さんだって、ネット上では健康な人と対等に付き合いたかったんだよ。その結果、病気を知らない人が誤解したとしても、責められることなんてないだろ」
「わかったような口を利かないでよ!
他の人がどう思うかなんて関係ないんだから。私は思慮が浅くて、他人の表面だけ見て判断して、しかも最後には裏切るようなことまでした自分が許せない。しかも、もう二度と誤解や裏切りを許してもらえる機会がないんだよ……。彼女の短い生涯の中で楽しみにしていたネットゲームも、私のせいで台無しにしてしまった……。明日、告別式って聞いた。電車を乗り継いでなんとか行ける場所だから、しっかり最後のお別れができる自信もないけど、行ってくることにする」
魔騎士は告別式の場所と時間を告げ、去っていった。
その場所は、白の魔導士の住む町からも十分に行ける距離だった。
白の魔導士は、弓神の告別式に出かけることにした。
魔騎士も来ているだろうが、今はそんなことより、弓神の最後の発作の直前に彼女を不快にさせてしまったことへの謝罪や、パーティを組んで充実した時間を過ごすことができたことへの感謝の気持ちを、最後の別れとして伝えたかった。
灼熱のドラゴンバレーで命を救われた弓神・魔騎士との出会いから、そして1年。
やはり暑い、吸い込まれるような夏空の下、弓神の告別式に参列することになろうとは、夢にも思っていなかった。
高校時代に発病し、そのまま自宅療養を続けながら成人を迎えたばかりの弓神の告別式は、参列者もさほど多くはなかった。同年代の男女が三々五々集まり、焼香をしていた。
母親の姿も見えたが、長い闘病生活に、既にこの日の来る覚悟ができていたせいか、悲しみの表情ではあったが取り乱すこともなく、参列客に礼を尽くしていた。
遺影の弓神は、ずいぶん前に撮影されたもののようだった。健康そうな、愛くるしい笑顔を振りまいている。
それは、ネットゲームでクラスを選ぶとしたら、やはりエルフが似合っていた。もちろん、女性のエルフだ。女エルフで、素顔の弓神のまま、思う存分ゲームをさせてやりたかったなと思えるような遺影だった。
ガニ股の男エルフで、健気にも男言葉で話している弓神の姿を思い出し、さらにPCの前でそれを操っている由美香の姿を想像した途端、自分の思いやりの足りなさや、弓神の気持ちを察してやれなかったことへの悔しさ、そして弓神を本当に失ってしまったんだという実感が、白の魔導士の胸に溢れた。
心に決めてきたお別れの言葉を、胸の内で弓神に語りかけ、焼香を済ませた。
帰り際に、それとなく周りを見渡したが、魔騎士だと確認できるような人物は見当たらなかった。
ふと、葬儀場を出る間際に後ろ髪を引かれるように振り返ってみると、弓神の母親と、涙をこらえながら話し込んでいる女性の姿が目に入った。
一瞬、視線を交わした時、ゲーム上で無言のうちに連携が取れるあの感覚が蘇り、
(私、これからどうしたらいいの……。あなたの援護が、今こそ必要なの……)
という声が聞こえたように感じた。
しかし、その心の声は油蝉の鳴き声に重なり、かき消されてしまいそうな弱さだった。
(愛別離苦)
告別式の翌日、アデンの世界に降り立った白の魔導士は、アジトに立ち寄ってみた。そこには、装備を外し、無防備な姿で佇む魔騎士がいた。
白の魔導士は、告別式で振り返った時に視線を交わした女性が魔騎士だと確信していたし、弓神の母親と話をしている時にふと感じた視線の先で振り返ったのが白の魔導士だと、魔騎士も確信していた。
しかし、そのことにはあえて触れずに、白の魔導士は尋ねた。
「昨日は告別式に顔を出した?
俺は顔を出して、弓神さんにお別れしてきたよ」
「私も行ってみた。お母さんと少し話ができたんだけど、最後に弓神さんを裏切ってしまったっていう思いもあって、ゲームでの知り合いだって最後まで言えなかった」
魔騎士は母親から聞いた話を、白の魔導士に伝えた。
亡くなった時の経緯は、以前電話で聞いたことの繰り返しだった。
高校時代からずっと病気療養を続けていた弓神は、もともと明るく独立心の強い性格だったせいもあり、不治の病で先行きが短いということで、家族も含めて周りの人たちが必要以上に気を使ってくれることを不満に思っていた。
でも、ネット上では健康な人間を装って、対等に付き合うことができるから、そのことをとても嬉しがっていたという。
特に戦いのゲームでは、
「健康な人たちを相手に負けないんだからね」
と自慢げに話していたそうだ。
亡くなる6ヶ月ぐらい前からは、本来、病気にはあまり動きの激しいネットゲームは良くないと医者に言われたにも関わらず、医者も
「物理的な疲労があっても、ネットゲームにかける気力の方が本人にとって良いかもしれない」
と言い出すほど、楽しんでいたことなどを聞いてきたという。
「弓神さんが、人生の残り少ない時間を私たちと共有して、心から楽しんでくれていたってことをお母さんから聞いた時は、少し救われる思いがしたんだ。亡くなる前の6ヶ月ってさ、白の魔導士さんと出会って、3人の息が合って、そんな中で弓神さんが白の魔導士さんに惹かれていった時期だよね。だけど、だからこそ、最後の最後に弓神さんの気持ちを踏みにじるような事をしてしまった私の浅はかさは、一生消えることのない悔いを私の中に残してしまった」
「俺も思いは同じだよ。もう少し弓神さんの気持ちをわかってあげて、接してあげられていればって……」
二人は、弓神の抜けた穴を補いながら、前のようにアデンの地で強力なモンスターと戦う日々に戻っていった。
戦力的には、戦闘方法の工夫などで弓神の抜けた穴をなんとか補うことはできたが、二人の心の中では、弓神が抜け落ちた空白や悔恨の念が大きな影を落としていた。
そして、時間の経過こそが、二人の心の中の弓神の影を薄めてくれるものだと信じていた。
しかし、それは二人にとっては無理だった。魔騎士は、白の魔導士の中に弓神の影を常に意識し、白の魔導士は魔騎士とともに弓神の幻影を見る毎日が続いた。
そしてお互いに、相手が自分を見る時に、弓神への悔悟の情を同時に見ていることに気づいていた。
1ヶ月ほど過ぎたある日、魔騎士はそんな状況に耐えきれずに、白の魔導士に当たってしまった。
「ちょっと!
私は弓神さんとのことはなるべく忘れて、白の魔導士さんとの時間を大切にしようとしてるんだよ!
なのに白の魔導士さんは、いつまでも弓神のことを引きずってる。私と話しながら、弓神さんのことに思いを巡らせてる。わかってるんだからね!」
「待ってくれよ、それはこっちが言いたいセリフだよ。狩りの最中だって、俺と話している時だって、うじうじと弓神さんの幻影に、そして自分の罪悪感に怯えてるじゃないか。いい加減にしてくれ!
目を覚まして、真剣に俺の方を見てくれよ!」
「こんなんじゃ、私たちもうダメね。お互いを思う気持ち以上に、弓神さんへの思いが強いし、二人が会えば会うほど、その思いは増幅していく。白の魔導士さんを真剣に見れば見るほど、思えば思うほど、弓神さんの影が大きくなっていくんだもん。そんなに長い間でもなかったけど、楽しかった。でもこれからは、これ以上はもうやっていけない……さようなら」
「待てよ……!」
魔騎士は、涙を浮かべた両目を大きく見開き、白の魔導士の姿を焼き付けるように見つめたまま、突然アデンの世界から消えていった。
そして、二度とアデンの世界で魔騎士の姿を見ることはなかった。
(流浪落魄)
白の魔導士は、魔騎士との別れを振り返り、もう二度とこのアデンに魔騎士が戻ってこないだろうと悟っていた。
弓神に続いてこのアデンで魔騎士を失い、一人残された白の魔導士は、次第に生活が荒んでいった。
クランマークも付けずにアデンを放浪する日々が続いた。
そんな白の魔導士を見て、かつて「白魔神」と恐れられたパーティの知略の要であることを知り、冗談半分に誘いをかけてきた泡沫迷惑クランに在籍してみたりもした。
多くの他のプレイヤーが狩りをする狩場で、範囲魔法によりモンスターを集め、倒すでもなく延々と引き回してみたりする中で、かつての名声は地に落ち果てていた。
そんなある日、砂漠をふらふらと彷徨っている白の魔導士の横を、地下のジャイアントアントクィーンの討伐に向かう一行が通り過ぎていった。
その一行は、皆、城主連合の旗をつけており、浮浪者のような姿の白の魔導士を見て、
「あいつも昔はなぁ……」
「あいつの話し相手は、ラバンしかいないらしいぜ」
「噂では女に振られたとか、自殺させたとか聞いたがな」
と、口々に罵って通り過ぎていくのだった。
その時、一行の先頭を行くナイトが右手を上げ、隊列を止めた。
城主連合を束ねる隊長の「水神切兼光」だった。
そして、白の魔導士のそばに寄ってくると、声をかけた。
「やぁ、白の魔導士。久しぶりじゃないか」
「…………」
「お前はかつて、どの勢力にも属しない狩りクランの道を選んだから、それ以来声をかけることは遠慮していたんだが……白魔神として活躍していた頃のお前なら声をかける必要もなかったが、今のお前を黙って見ているわけにもいかんと思ってな。どこに行っても悪い噂ばかり耳に入ってくるぜ」
「もう勢力とか狩りクランとか、そんなもんは今の俺には関係ねぇよ。いいから放っておいてくれないか」
「白魔神チームとしてこのアデンで一世を風靡したお前が、なぜこんな姿に落ちぶれてしまったのか、その訳は聞かん。だが、昔のよしみで俺に力を貸してはくれないか?」
「力を貸す? 体のいい誘いで同情してんじゃねぇよ。大きなお世話だ!」
「隊長!
こんなとこでそんな奴の相手してたら、反城主連合の奴らにボスを食われてしまうぜ。本人もそう言ってるんだから、ほっといて早いとこ蟻穴潜ろうぜ!」
部下の一人が痺れを切らしたように言った。
「うるせぇ黙ってろ!
行きたい奴は勝手に行ってろ!
だがな、一言だけ言っとく。今の俺があるのは白の魔導士のおかげだし、ひいては俺が立ち上げた城主連合の今があるのも、白の魔導士がいたからこそだと俺は思ってる。選んだ道がたまたま分かれてしまったから、あえて口には出さなかったが、俺は今でもアデン中で一番白の魔導士を尊敬し、共に戦いたい仲間だと思ってるんだ。よし、今日はここで別れよう。俺はもう少し白の魔導士と話をする。お前ら、ボス討伐に向かってくれ。反城主連合の奴らに負けるんじゃねぇぞ!」
「野党反城主の連中をやっつけるのに、隊長の力は借りねぇよ。俺らで十分だ。よし、じゃあ、行こうぜ!」
部下たちはそう言うと、先に行ってしまった。
「奴らを納得させるため、ちょっと大げさに見得を切ってしまったが、白の魔導士よ、今のは俺の本心だぜ。アデンに降り立って間もない俺が、無差別PKや赤トラに引っかかって全装備落としたり、詐欺にやられたりと、もうこの世界から立ち去ろうと途方に暮れていた時、俺を勇気づけて助けてくれたのは白の魔導士、お前だった。それからしばらく行動を共にし、モンスターの大群に襲われて揃って横たわり、二人で夜空を見上げてなぜか大笑いしたり、取れもしないくせに、今日は二人で城を落とそうぜと、遮二無二突っ込んで瞬殺されたり……あの時を乗り越えられたから今の俺があるんだ。心から感謝してるぜ」
「水神切兼光……」
「力を貸して欲しいというのは同情でもなんでもなく、俺の切実な願いなんだ。城主連合の参謀兼外交の要だった看板ウィザードが、近々アデンを去ることになった。お前も知ってるとは思うが、ドラゴンバレーも反城主連合の勢力下に置かれ、兵力も徐々に拮抗してきている。そんな中で、参謀・外交役を失ったら、城主連合の凋落は火を見るより明らかだ。今の連合には、後釜を務められる適役がいないんだ。俺が戦略を練ったって、突っ込む以外に思いつかんし、外交やったらその場で斬り合いが始まるだろ?
そう思わんか?」
「うむ、確かに……。そうか、ドラゴンバレーも反城主連合の勢力下に入ってしまったか……」
白魔導士は、弓神や魔騎士との思い出の地であるドラゴンバレーが、各地で狼藉を働く反城主連合の手に落ちてしまったことは許せなかった。
彼の闘争心に、わずかではあるが、再び灯がともった。
「実は俺も、目的もなく放浪を続けるのも少しばかり苦痛になってきたところだ。だいぶ実戦からも離れて勘も鈍ってはいるが、昔のように二人で無茶をやってみるのもいいかもしれないな」
「いやいや、連合を束ねるとなると無茶ばかりではやってられん。お前の冷静な状況判断と分析、外交手腕で俺の暴走を止めてくれればいいんだ。頼む」
「よし、わかった。水神切兼光隊長殿、やってみるよ」
こうして白の魔導士は城主連合に加わり、知力・魔力の高さに加えて、持ち前の気さくさ、気配りで、連合内でも参謀外交の要としての地位を認められるようになるまで、そう時間はかからなかった。
同盟クランとの調整や戦争物資の調達、給金の分配から狩場での敵対勢力との戦い、情報収集、さらには連合内のウィザードへの立ち回り方法や戦況分析方法などの実戦訓練までと、目まぐるしい日々を送る白の魔導士の意識の中から、弓神の幻想は次第に影を薄めていった。
一方、命がけの実戦をくぐり抜けるたびに、ひょっとしたらこのアデンのどこかで同じ空を見ているかもしれない魔騎士がこの場にいてくれたら、という思いは募っていった。
そして死線を切り抜け、城に帰り一人でいる時、ふと魔騎士との心休まるひと時を求めている自分に気づくこともしばしばであった。
時折、城主連合内の情報ルートや親派狩りクランなどから魔騎士に関する情報を集めてみたが、やはり魔騎士がアデンにいるという形跡は得られなかった。
(合浦珠還)
またドラゴンバレーに、暑い夏が巡ってきた。
魔騎士・弓神との出会いから2年。弓神、魔騎士が相次いでこのアデンを去って、ちょうど1年が過ぎていた。
「水神切兼光、今日は一人でドラゴンバレーまで行ってみたいんだが、わがままを許してくれるか?」
「おいおい、白の魔導士。いくら歴戦の魔術師とはいえ、反城主連合の勢力下のドラゴンバレーに単身で出向くなんて、自殺しに行くようなもんだぜ。ましてや看板ウィザード様とあっては、敵さん全勢力を結集して命を取りにくるだろうさ」
「それは承知の上だ。なにも狩りに行くわけじゃない。野暮用をさっさと済ませて帰ってくる予定だ。敵さんがお出まししたら、ケツまくって逃げ帰ってくるよ。まぁ、あとで『城主連合の看板ウィザードは腰抜けか』って煽られるかもしれんが、それは見逃してくれ」
「そこまで言うなら、よほどの用事なんだろうな。わかったよ、気をつけて行ってきてくれ。後で多少煽られるぐらいは構わんから、『命大事に作戦』でな」
白の魔導士は、念のため多めの戦闘物資を持ち、胸にそっと菊の花束を忍ばせて、単身ドラゴンバレーを目指した。
幸い敵影もなく、斥候らしき姿も認めることはなく、ドラゴンバレーを進むことができた。
2年前のあの夏のように、日差しは強く、遠くでオーガの雄叫びだけが響く平和なドラゴンバレーだった。
やがて、1年前に弓神が横たわり、アデンから消えていったあの場所に近づいた。
そこにはいつもと変わらず、巨大龍の骨の化石が横たわっていた。
その時、白の魔導士の視界の端を、懐かしい影がよぎった気がした。
「え?
今のは……魔騎士?!」
心臓が早鐘を打つ。今日という日に、この場所で、あの影を見るなんて。偶然のはずがない。
「やはり、このアデンにまだいたんだな……!」
白の魔導士は、逸る気持ちを抑えきれず、移動速度を上げるホーリーウォークの魔法を詠唱した。視界をよぎり、岩陰へと消えていった魔騎士の影を、彼は夢中で追いかけた。

途中、弓神が命を落としたその場所で菊の花束を供えようとすると、すでにそこには一束の花束が手向けられていた。
やはり魔騎士か?
このアデンで、この場で、一年前の今日、弓神が命を落とした事を知っているのは俺と魔騎士以外にはいないはずだ。
花束を手向け、手短に黙祷を捧げ、魔騎士の影が消え去ったと思われる方向に足を向けた。
そして、力の限り叫んだ。
「魔騎士~!
いるのか? いるのなら出てきてくれ! 俺の前に姿を現してくれ!」
白の魔導士の叫びはドラゴンバレーの岩山にこだまし、モンスターたちの遠吠えも一瞬なりを潜め、あたりは静寂に包まれた。
その瞬間、白の魔導士の研ぎ澄まされた感覚は、岩山の影から強い、そして多数の殺気を察知した。
「まずい、敵の部隊が待ち伏せをしていたか!
まさか、魔騎士が俺を罠にかけたのかっ?!」
疑心暗鬼に囚われたその時、
「白の魔導士さん、危ない!
こっちに来ないでっ!」
それは1年ぶりに聞く、懐かしい魔騎士の声だった。しかも、男を演じることさえ忘れた、魔騎士本来の言葉だった。
白の魔導士は立ち止まり、岩陰から敵の部隊が現れるのを待ち構えた。
そして全容を現した反城主連合の部隊の中に、同じ反城主連合の旗を掲げた魔騎士が、腕を押さえられ立ち尽くしているのが見えた。
「魔騎士……なぜに反城主連合に……」
「さすが城主連合の看板ウィザード、白の魔導士様だな。これだけの数の敵兵を前にして、ひるむ様子も見えないな。同じウィザードとして、その根性だけは見習いたいものだ。はっはっは」
反城主連合の看板ウィザードだった。この部隊は、彼が統率しているらしく、敵の兵士は看板ウィザードの攻撃の合図を今や遅しと待ち構えている。
中には城主連合の参謀を目の前にして攻撃の合図を待ちきれずに、矢を射ってくる敵兵もいた。
白の魔導士は、うるさそうに時折飛んでくる矢をスタッフで叩き落としながら、来るべき総攻撃に備えて、アブソルートバリア、イミュン・トゥ・ハーム、インビジビリティなどの高レベル防御魔法の詠唱の準備をした。
たとえこの命は落としても、せめて敵の看板ウィザードと相打ちすべく、ディスインテグレートの詠唱準備も行っていた。
同時に敵の前衛たちがブレイブポーションをがぶ飲みする音がドラゴンバレーに響き渡った。
「のこのこと死んでしまった奴の感傷に浸ろうなんて甘いことを考えて出てくるからこんなことになるんだよ。しかも、女の名前を大声で叫び自らの居場所を我々に知らせてくれるとは、城主連合看板ウィザードが聞いて呆れるぜ」
反城主連合の看板ウィザードは、用意周到にカウンターマジックの魔法を詠唱しながら白の魔導士を煽ってきた。
「…………」
白の魔導士は弓神のことを揶揄され、さらに女の身であることを隠してまでこのアデンでお互いに修練してきた魔騎士の気持ちを踏みにじるような言葉に、怒りで身も震える思いだった。
「さて白の魔導士様よ、最後にこの女に言い残すことでもあれば聞いてやろうか。ただしぼやぼやしてると血気盛んな兵隊たちが我慢しきれずに斬りかかるぜ。残念ながら我が兵士たちは、城主連合様と違って行儀も悪く、上官の待機命令も無視することが多いんでな。まぁ、お前がいなくなったら、この女には反城主連合内で飯炊きでもやらせるか」
さすがに冷静な白の魔導士も我慢の限界を超えた。
「くそっ、これでもくらえっ!」
白の魔導士が我が命を投げ出して、反城主連合の看板ウィザードにディスインテグレートを見舞おうとしたその時、後ろから
「白の魔導士、待て!
早まるな!!」
という声と共に水神切兼光が率いる城主連合の主力部隊が駆け寄ってきた。
白の魔導士の声につられて飛び出してきた敵兵は、城主連合側の素早い制止行動に動きを止められ、両軍は無言で向き合う形になった。
「おやおや、城主連合の隊長様のお出ましかい」
「野暮用でドラゴンバレーまで行ってくると言って出て行った白の魔導士の帰りが遅いんでな。ちょいと様子を見に来たまでだ」
「兵力はほぼ互角、ただしここドラゴンバレーは我が反城主連合の庭だ。地の利はこちらにある。やるならいつでもやるぜ、かかってこいや」
「そうまで言うなら剣を交えんでもないが、そこに居るのはひところ白の魔導士とパーティを組んでいた魔騎士ではないのか?
魔騎士が反城主連合におるのでは、白の魔導士もやりにくかろう」
「この女か?
これでも旧知の仲でな。まだ俺が反城主連合に属する前にフィールドで知り合い、一時期互いに修練した仲なんだ。当時は女の姿をしていたが、どうも俺の手の早さが気に入らないらしく、ふらっといなくなってしまったんだ。その後男と偽り、このアデンで白魔神チームとやらを気取っていたようだが、その特徴的な立ち回りは昔と変わらなかったな。
昨日の事だが、ドラゴンバレーをうろつく白魔神の残党の魔騎士を我が兵士が見つけ、連行してきた。ここはお前のような無所属がうろついていい場所じゃない、とっとと失せろと追い出そうとしたんだがな。かつての白魔神の看板ナイトともあろう者が、地面に額を擦り付けて懇願したそうだ。『どんな屈辱的な条件でも飲む、明日だけは、この場所には居させてくれ』とな。反城主連合の旗を掲げ、我々の手先となることを条件に許してやったが、まさかあの誇り高き騎士がここまで落ちぶれるとはな。すっかり腑抜けになって、もう騎士としては役に立たないだろう。今日は頑なに一人でここに来ると言い張るので、また逃げられたらかなわんと思い後をつけてきたらこのざまだ」
「そういうことか、白の魔導士も一時すっかり人が変わったような生活をしていた。魔騎士も同じ道をたどったようだな。しかもその二人が時を同じくしてドラゴンバレーを訪ねるという。この二人には、なにかよほどの事情があるのだろう。どうだ?
白の魔導士。魔騎士と二人で話したいことでもあるのではないか?」
「水神切兼光……確かに許されるなら話をさせてもらいたい。実はアデンの世界を超えたリアル世界での事情も絡んでいる。しかし、今は互いに反する勢力の旗をつけている。俺にも城主連合の看板ウィザードとしての責任がある。反対勢力の旗をつけた者と話すなど出来るわけがない」
「ではこのまま、奴らと斬り合うか?
魔騎士とて反対勢力の旗をつけている以上手加減はせずに、あの首をはねる事になるのだぞ?」
「なにをごちゃごちゃとやっているんだ?
もうこれ以上兵を抑えておくことはできぬ。かかってこないならこちらから行くぞ、覚悟せい水神切兼光!」
「待て、待ってくれ。今日は剣を交えるつもりはない。もしどうしてもというなら、この水神切兼光がフィールドで3回この首を差し出そう。俺の首と引き換えに、今日だけは白の魔導士、そして魔騎士に、城主連合・反城主連合の旗を外させて、二人に話をさせてやってはくれないか」
そう言うと水神切兼光は剣を地面に置き、単身反城主連合軍の前に進み出て無防備にその首を差し出した。
血気盛んな兵士がその首をはねようと剣を振り上げた。
「やめろ!!
野党反城主連合といえど、無抵抗に差し出された首を3回はねるなど、そこまで落ちぶれてはおらんわ!
どうも気勢をそがれてしまった。今日は、こちらも剣を収めよう。その代わりこれでも食らえ」
反城主連合のウィザードは、おもむろに水神切兼光に向かって小さな杖を振った。

水神切兼光の姿は、惨めな猪の姿に変わっていた。
反城主連合兵士は、指をさして大声で笑った。
「城主連合隊長様よ、ブーブー鳴いてみな!!」
城主連合兵士たちは、隊長に対するこの行為を黙って見過ごす訳にはいかなかった。攻撃の合図もないまま、それぞれが反城主連合兵士に向かって突き進んだ。
ド-ン!!!
白の魔導士のキャンセレーションの魔法の音が響き、水神切兼光の姿は騎士の姿に戻った。
「やめろ!!
剣を収めろ!!
この俺が首を差し出してまで今日の斬り合いは止めようと思ったこの気持ちを、お前らはわからんのか!?」
「隊長……」
「水神切兼光も、少しは大人になったようだな。以前のお前なら電光石火のごとくブチ切れて、今頃ここは城主連合の流した血で真っ赤に染まっていたことだろうさ。つまらん男になったものだ……。さて撤収するとしよう。その役立たずの女などもう用はない。くれてやる」
反城主連合より追放され無旗になった魔騎士を残し、反城主連合兵士たちは哄笑を残し引き上げて行った。
「水神切兼光、俺のために首を差し出すなんて……」
「いや、昔散々世話になった上に、今では参謀役として昔以上に苦労をかけている。俺の首で白の魔導士の恩に報いられるなら安いもんだ。さぁ、魔騎士が待っているぞ、行ってやれ」
両軍が引き上げ静寂が戻ったドラゴンバレー巨大竜の化石の前、弓神の消えた場所で手を合わせ改めて黙祷した白の魔導士と魔騎士はほぼ一年ぶりに相対した。
二人はしばらく無言のまま、その場に立っていた。夕陽がドラゴンバレーの岩肌を赤く染め、遠くでハーピーの羽音がする。白の魔導士は、一年前と何も変わらないこの景色の中に、あまりにも多くのものが失われてしまったことを改めて感じていた。
「久しぶり」
「えぇ、久しぶりね……」
二人の横顔を、ドラゴンバレーの夕陽が優しく照らしていた。
(既往不咎)
城主連合として、既にアジトは確保していたが、昔を懐かしんでギラン町外れの廃屋に場所を移した。
白の魔導士は、1年ぶりの魔騎士の姿を見て、そこにはかつてパーティを組みアデンのボスモンスターたちに勇猛果敢に斬りかかって行った精悍な凛々しい騎士の意思や闘争心が既に無いことを悟った。
弓神の命日に、花を手向けるためにアデンに降り立ったものの心はすでにアデンから離れているのだろう。
「弓神がいなくなってもう一年か……」
白の魔導士は、この一年間を魔騎士に話して聞かせた。
一時は心が荒んで無法に身を任せたこと、アデンを放浪したこと、そしてかつて仲間だった水神切兼光と出会い拾われて城主連合に身を置くことになり、今では参謀外交の要職を任せられている事。
「前はさ、いつも魔騎士と弓神と3人だったし、それが俺にとってアデンでの存在を証明するすべてだった。そしてそれは楽しく充実した時間だった。だけど今は城主連合の要職を任せられ、自クランはもちろん、連合クラン、そして無法クランに苦しめられている一般狩りクランに対しての責任と義務を果たしていかなければならない立場になった。俺が弓神への悔恨の念に囚われてグズグズしている間にも戦局は刻々と変化し、連合の仲間たちが危機に瀕しているかもしれない。そんな環境の中で自然、弓神の影は小さくなってきた。でも、弓神のことは決して忘れないよ。忘れちゃいけないんだ。魔騎士と言い争いになって、アデンを去って行った時は、俺自身、無理やり弓神の事を心から追い出そうとしていた、忘れてしまおうとしていた。それができない憤りを君にぶつけてしまった。過去を忘れようとするんじゃなくて、背負った十字架はありのままに受け入れていくしかないんじゃないかなって思えるようになった。一年過ぎてやっと心の中で弓神さんのことと、今自分が置かれている立場や責任、そういうことに折り合いがつけられそうな気がするんだ」
「白の魔導士さん……私も同じ事を考えていた。弓神さんがいなくなったあとの私たちって、心とは裏腹に無理やり弓神さんの話題を避け、表面上の関係を取り繕おうとしていたよね。それはやっぱり無理だったんだよね。この1年アデンから遠ざかり日々リアルの生活に忙殺される中で、最近やっと白の魔導士さんと同じ様に考えるべきなんじゃないかって思い始めたところだったんだ。白の魔導士さんと比べると、弓神さんとの付き合いも長かったし、友人としてしちゃいけないことをしてしまったっていう悔恨の思いも強いけど、それをしっかり受け止めて生きていかなきゃいけないんじゃないかなって。それで、1年ぶりにアデンに降り立って弓神が消えた場所に花を手向けて、弓神さんとの事をしっかり胸に刻み直そうかと思ったんだ。でもさぁ白の魔導士さん……弓神さんの影があなたの中で小さくなっていくと同時に、私の影も小さくなってしまったかなぁ?」
「え?
いきなり核心に切り込んでくるなぁ。さすがに白魔神の元看板ナイト様だ。でもさぁ、勝手に目の前から姿を消して、一年ぶりの再会でいきなり斬りかかってくるってのは騎士道精神に反するんじゃないかい?」
「もう、私真剣に聞いてるんだからねっ」
「小さくなってはいない。むしろ思いは大きくなってるさ。だけど、弓神さんと現実の職務との折り合いはつける自信はあるけど、君と弓神さんとの事に折り合いがつけられるかどうか、また前のように別れることになってしまうんじゃないかなってまだ不安なんだ。もう少し時間をくれないか?」
「うん、私も今すぐ白の魔導士さんとうまくやってゆく自信はまだないの。でも、その時期がきたら、もう一度白の魔導士さんとうまくやれないかチャレンジしてみたいなと思ってるんだ。それまでは、クランの女の子に手を出したりしたら、本気で反城主クランに入って、白の魔導士もろとも城主クランを叩き潰すから覚悟しておいてね!!」
「敵にとって不足はない!!
いつでも来いや~!」
白の魔導士と魔騎士は、久しぶりに白魔神としてアデンを闊歩していた頃のように無邪気な笑顔で見つめあった。
「ところで、弓神さんの一周忌にはお墓参りに行く予定かい?」
「もちろん行こうと思ってる。そうだ!
せっかくだから待ち合わせして一緒に行かない?」
二人は墓地のある駅前で待ち合わせ、墓参りに行くことを約束した。
(空谷跫音)
その日はやはり暑く、蝉時雨に包まれた夏の日だった。
白の魔導士と魔騎士は、揃って弓神の墓前に立っていた。
花を供え、手を合わせて、3人で狩りをした日々を思い出し、短い命を閉じる直前に嫌な思いをさせてしまったことを心から詫び、長い黙祷を捧げた。
二人が顔を上げると、後ろから
「暑いのに由美香の一周忌にお参り頂いてありがとうございます」
と弓神の母親が立っていた。
「あら、あなたは告別式の日にお話したお嬢さんですよね?」
「そうです。告別式でお忙しいのに、声を掛けて色々お聞きしたりしてご迷惑じゃなかったかなって……私っていつも後から後悔してしまうんです。あの節はすみませんでした」
「いえいえ、迷惑だなんて。あの時はネットのお知り合いの方が結構いらして頂いたんですが、ネットの世界では心の移ろいも早いのでしょうか、一周忌にお参りに来ていただける方が少なくて、由美香も不憫だなぁって思っていたところに、ちょうどあなたたちがお参りに来てくれたんですよ。今日は本当にありがとうございます」
「そういえば告別式ではつい自己紹介を忘れてしまって、失礼しました。私たちは、由美香さんが亡くなる直前まで遊んでいたネットゲームの仲間だったんです。最後の発作を起こされた時もネットの中で一緒に居たんですが、由美香さんが急に動かなくなってしまって……病気だなんて知らなかったものですから、ひょっとして無理させてしまったんでは無いかなって……」
「まぁ、そうだったんですか。あの子は亡くなる前は本当にネットゲームだけが楽しみだったようなんですよ。そうですか……あなた達のような素敵な方とゲームで楽しい時間を過ごすことができて、あの子もいい思い出を抱いて天国に行けたと思います」
由美香の母親は涙を浮かべながら深く二人に頭を下げるのだった。
二人は決して由美香の母親が思うようなゲームの終わり方ではなかった事に改めて胸を痛め、いたたまれない思いをしていた。
「そういえば、」
と頭を上げた母親が言葉を続けた。
「お二人がゲームのお仲間だったってことは、騎士さんと、そちらにいらっしゃるのはもしかして白の魔術師さんっておっしゃる方ではありませんか?」
「あ、はい……ゲームの中では白の魔導士という名前で、由美香さんと仲間を組んでいました」
「そうそう魔導士さんね。魔導士さんなら、由美香に渡してくれって頼まれて居たものがあるんですよ」
由美香の母親は、最後の発作の後、病院で僅かの間意識を取り戻した由美香に頼まれて便箋と封筒を用意してやったことや、やっとの思いで書いた手紙は封がされており
「私、もうゲームできないし、私が死んだ後にもしお母さんの前に現れたらでいいからこれを渡してくれない。でも、もし1年たっても現れなかったら焼き捨ててね。絶対お母さんも読んじゃだめだからね……」
と言って渡された事を話した。
そして、告別式の時も気にはしていたものの、一人ひとり確かめるわけにもいかず渡すことができなかったことを詫びた。
「あの時、私がお母さんに由美香さんとの関係をお話していたら、由美香さんの願いももっと早く叶えられてました……こちらこそすみませんでした」
3人は墓地からほど近い由美香の自宅まで歩いて向かい、そこで母親から弓神が白の魔導士に宛てた手紙を受け取り、二人は丁寧に別れの挨拶をして由美香の自宅を後にした。
「何が書かれているんだろう……内容はともかく、書かれていることはしっかり受け止めなきゃいけないなぁ。魔騎士さん、もう一度由美香の墓に戻って墓前で読もうかと思うんだけど」
「そうね、それがいいね。お墓に戻りましょ。私は手紙を覗いたりしないからゆっくり読んでね」
と言いながらも、手紙の内容が気になるようだった。
由美香の墓前で、白の魔導士は「白の魔導士様」とだけ書かれた封筒を取り出し封を開けた。
相当辛い状態で書かれたのが一目でわかるような、けれどしっかりした筆跡で手紙は書かれていた。
私の恋した白の魔導士様へ
(ひょっとしたら、この手紙を開けるとき、そばに魔騎士さんがいるかもしれないね。そしたら、恥ずかしいけど一緒に読んでいいからね。 一人で読んだのなら、あとで魔騎士さんにうまく伝えてください)
書きたいことや伝えたいことはいっぱいあるけど、もうあまり時間も体力もないから簡単に書きます。
最後の狩りでは、勝手に振舞ってごめんなさい。
しかも急に発作に襲われてあんな終わり方したので、白の魔導士さんや魔騎士さんに迷惑を掛けたかもって心配しています。
私が矢を取りに行った後、二人がアジトで話していたことは、耳に入っちゃいました。で、そのときはやっぱり魔騎士さんひど~いとか白の魔導士さんに振られちゃったとか頭にきちゃって、あんな行動をしてしまったんだ。ごめんなさい。
でも、白の魔導士さんや魔騎士さんを恨んだりって気持ちは全然ないからね。
高校に入ってからこんな生活を続けているので、まともに恋愛したこともなかったし、一度でいいからそんな気分になれたらいいなぁって思ってたんだ。でもそれまでのネットではなかなかいい人に巡り会えなくて擬似恋愛どころか、嫌な思いばかりしてた。
そんなときに白の魔導士さんと出会って、初めてこの人ならって思えたんだ。
もちろん現実の私はこんなだから、会うわけにもいかないし、ネット上だけって割り切ってはいたんだけど、それでも恋愛気分を楽しんでいたんだよ。
しかも最後はさ、強力なライバルに恋人(片思いなんだけどさ)奪われちゃうなんてオチまでついて、やっぱ恋路は思い通りにいかないんだなぁなんて、人並みに恋の辛さまで経験することができてさ。
だから白の魔導士さんと魔騎士さんにはとっても感謝しています。
でも本当はもう少し白の魔導士さんに甘えて、困らせてやる時間が欲しかったな♡
短かったけれど私の人生の最後のときにこんな素晴らしい仲間に巡り逢わせてくれた神様に感謝しなきゃいけないね。
白の魔導士さん、魔騎士さん、本当にありがとう。
じゃ、そろそろ時間だから私先におちるね、おつでした~
P.S. ちょっと悔しいけど、二人で幸せになってね!!
いつしか由美香の墓石は夕陽に照らされ、アデンの世界でも夏の日差しは傾いて、夕闇迫るドラゴンバレーに狼の遠吠えが響いていた。
完
[Gucki]


